Hibilog | 青木優のインバウンド観光と日常と考察ブログ - Part 162
 

旅中に使用したお金

自分のメモもかねて載せていきます。

6月19日〜7月18日

片道航空券

日本→バンコク AirAsia 34000円
バンコク→カトマンズ(ネパール)Jet airways 22000円
デリー→レー King Fisher 9000円

宿泊費、移動費、食費、雑費など

バンコク 10710円
ネパール 56000円
インド 18500円

食費や細かい明細などは表にして電子書籍に載せようと思います。

 

 

 

マナリーで日本人にお金を騙し取られて、温泉で癒されてどうでもよくなる。

ヴァシシュト マナリー

27日 マナリー

「あ、日本人ですか??」

マナリーに着いて少しホテルを探していたときに、挑発で髪を後ろで結んでいる日本人の男に声をかけられる。どう考えても怪しい雰囲気だった。

「あー助かった!バック盗まれちゃって、お金もパスポートも何もなくなっちゃったんですよ。少し話し聞いてくれませんか?チャイでも飲みながら」

お腹もすいていたし、じゃあちょっと飯を食べるついでに話でも聞くかということで僕はその男とご飯を食べに行った。正直言って僕はその男を一切信用していなかった。それはその男の風貌や雰囲気や、今までの旅の勘からである。だからバックも盗まれないようにはきつく持っていたし、彼の前には基本的に立たなかった。まぁこれも一つの経験だと思った。

その男は、18の頃から世界を旅をしていて、お金がなくなったら日本で働き、海外に出て、の繰り返しの生活をしているという。お互いの旅の話をしながら、ご飯を食べ、お金がないというその男に僕はおごった。ご飯が食べ終わり、ゆっくりしてると、その男がお金を貸してくれないかと言う。いくら?と聞くと、一週間後に家族からお金が振り込まれるから、それまでの生活費700RSを貸して欲しい。お金は家族を通して払うから、と。

700RSは日本円で行ったら1200円といったところだろうか。日本円で考えたら大したように感じないが、一ヶ月の貧乏旅をしてる自分にとってその金額は少なくなかった。結局僕はその男に700RSを貸した。もしお金が返って来なかったとしても、1000円ぐらいだしいいかと。ふたり分の食事の会計を済まして、ふと後ろをみたらその男はいなかった。逃げられたのだ。

その男の行為が僕に与えた影響は大きかった。金銭的なショックではない、同じ日本人にお金を騙し取られ、最後に言葉もなく逃げられたことに僕はショックだった。僕はその男のことを最初から最後まで信じていなかった。お金が返ってこないということは想定していたが、事が起こった時は本当にショックだった。なんでこうこうことをするんだろう。お店を出て周辺を歩いたが、もちろんその男はいなかった。いるはずもない。

家族と住所と電話番号が書いてある紙を渡されたが、正直言って確認する気にもなれなかった。ドイヤスヒロという。品川在住のようだが、それも定かではない。

その男を疑う方法はいくらでもあった。電話番号があれば、まずその電話番号が正しいのを確認してからお金を渡せばいい。何かあったときのために、顔写真をとっておけばいい。「もし逃げたらネットで晒すよ?」とでも言えばいい。おそらく30時間の陸路の旅で疲れていて判断力が鈍っていたこと、新しい土地に着いて少し心が落ち着いて居なかったのが原因だったのだと思う。そういえばネパールやカンボジアの国境でボッタくられたり、マレーシアでiPhoneを盗まれたのも新しい土地に着いた日だ。

お金をとられてから終始落ち着かなかったが、マナリーから4kmほどの場所にあるヴァシシュト村の温泉に入ったら、どうでもよくなった。1ヶ月ぶりの湯はとても気持よかった。全身が癒された。むしろ、考える機会を与えてもらったとポジティブに考えられるようになった。

旅では多くのトラブルが起こるし、やるせないことも多い。でも、自分の力では解決しないことも多いし、どれだけイライラしても何も始まらない。これも旅なんだと、人生なんだと。トラブルをむしろ楽しんで、その経験を今後に活かしてやる、いい経験をさせてもらった、そんな気持ちになれるようになった。

温泉効果すごい。

※マナリーは他にも日本人にお金を盗まれるという被害が多いようです。もし、マナリーに行く人は気をつけてください。

 

 

ケイロンからマナリーへ。

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7月27日ケイロン→マナリー

ケイロンのバスの出発は、4時。チケットの販売は3時だったので、それまで寝ることにした。バスには誰も人がいなかったので、席を3つ使って寝っ転がった。久しぶりに、身体を伸ばして寝た気がする。

3時20分、バスに乗り込む乗客の音で目が覚めた。チケット売り場には行列ができていた。これで乗れなかったらシャレにならない。なんとかチケットは買えたが、後ろから二つ目の最悪の席だった。4時にバスが出発するも、前部座席の二倍くらい揺れる。というか跳ねる。何回も体が宙に浮いた。頭とガラス窓が何度もぶつかりコブができた。痛い。

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バスに乗って5時間がたった時、崖に一台の石油タンクが転がり落ちてるのを見た。ラダックの車移動は平気で崖10cmのところも通るし、普通に狭いところで追い抜きもする。落ちたら死ぬんだろうなって、その石油タンクを見て思った。130RSの値段に自分の命を預けている。値段が高ければいいというわけではもちろんないんだけれど、その事実になんとなく身震いがした。

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そうこう考えているうちにマナリーに着いた。レーから31時間の陸路移動。正直疲れた。

 

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ケイロンへの移動中、橋が壊れて動けなくなる。

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6日  レー → ケイロン

とんでもない事が起きた。橋が壊れて通れないという事態が起きたのだ。時間は七時半。本当ならば到着している時間だ。バスの周りは氷が残っている山にかこまれていてひどく寒かった。

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朝にならないと動かないと言われたが、朝になっても動く保証はない。どうしようもない状態に、やるせない空気がバス内で流れたのがわかった。ああ、これも旅の醍醐味なんだろう。辛かったが、この状態を少し楽しんでいる自分も確かにいた。

バスが動かなくなって3時間がたった。10時ぐらい。1時間ぐらい寝ていて、体が真から冷え始めた、そんな時にバスが動き出した。橋が直ったのか、別の道を作り出したのかはどうでも良かった。とにかく移動できる事が嬉しかった。バスは暗闇の中、弱いライトで昼間と変わらぬ速度で走った。

バスが走り始めて、1時間ぐらいして、休憩所みたいなところに着く。そこで飲んだチャイが冷え切った体を温めた。なんでこんなにおいしいなだろう。日本にいても飲みたい味だ。昼から何も食べていなかったので、ダルを食べた。ご飯はパサパサだったが、この状況で12時間ぶりに食事にありつけたことに感謝した。

休憩所から2時間、なんとかケイロンに到着する。4時にマナリー行のバスがあるよ!と韓国人に言われ、僕はこのままバスにのり続けることにした。

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